細木和子さんの弟、細木久慶さんは、今どうしているのでしょう?
かつてテレビ番組でも活躍した占い師、細木数子さん(83歳)が亡くなりましたね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
細木数子さんと言えば、その毒舌が大ウケし、「視聴率の女王」と呼ばれていました。
独自の「六星占術」で使われた用語「大殺界」は、流行語となったことも・・・。
そんな細木和子さんには、弟がいることをご存知ですか?
その弟さんの名前は、細木久慶(ほそき ひさよし)さん。
逮捕されたり、選挙に出馬したりと、なかなかに賑やかな経歴の方です。
今回は細木和子さんの弟、細木久慶さんはどんな人なのか調べてみました。
では、さっそく行ってみましょ~!
細木数子の弟、細木久慶のwikiプロフィール
- 名前: 細木 久慶(ほそき ひさよし)
- 生年月日: 1939年8月30日(2024年現在は85歳)
- 出身: 東京都(渋谷生まれ)
- 大学: 中央大学文学部
- 職業: 画家
細木数子・細木久慶さん姉弟のお父さんは、戦前から政治活動や実業家として活躍。
当時の混沌とした時代背景もあり、ダークな経歴もあったようですが、それはさておき。
細木数子さんは、(異母兄弟を含め)8人兄弟姉妹だそうです。
細木久慶さんは、1歳下の弟ですね。
ちなみに細木久慶さんは、かつて千葉新聞社の社長を務めていたこともありました。
退職後は、評論家として講演会や執筆活動をしていた時期もあるようですね。
【細木数子の弟】細木久慶は画家だった
細木和子さんの弟、細木久慶さんは、画家として活動しています。
2006年に茨城県で初めての個展を開催。
2010年頃からは、東京都渋谷区にある「ギャラリー道玄坂」で、作品を常設展示していました。
(残念ながら、「ギャラリー道玄坂」は2024年現在、廃業しています)
ちなみに、細木久慶さんの作品はこちら。
【細木久慶の作品】
正統派の油絵・・・でしょうかね。
芸術の評価は難しいので、それは控えますが、それなりにファンもついています。
ソプラノ歌手で大相撲「錦戸部屋」の女将、小野友葵子さんのブログにも、こんな記事がありますね。
細木久慶さんは、『絵で被災者の心を癒したい』ということで、被災地の学校や施設に、細木さんの描かれた絵を寄贈されていらっしゃいます。
(中略)その細木先生が、私の絵を書いて下さるという、とっても光栄なお話を頂きました。
一生の宝になります。どんな風に書いて下さるか楽しみです。
出典: 小野友葵子オフィシャルブログ(2013.5.31)
あら、まあ。
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ちなみに細木久慶さんが画家として歩みだしたきっかけは、過去に何度も週刊誌でスキャンダルを報じられた苦悩だったそう。
千葉新聞社を勇退後、細木久慶さんに何があったのでしょう。
【細木数子の弟】細木久慶は逮捕されていた
細木数子の弟、細木久慶さんには、過去に2度の逮捕歴と告訴案件があります。
今となっては好々爺の外見ですが、細木久慶さんは一体何をして捕まったのでしょう。
【細木久慶の逮捕歴①】恐喝容疑で逮捕
1994年、千葉県小見川町議会長から200万円を恐喝した容疑で逮捕。
当時の細木久慶さんは千葉新聞社の社長時代で、「記事を掲載する」と脅していた。
また同様の手口で、千葉県内佐原市内の建築会社社長から500万円を脅し取った。
執行猶予付きの判決を受けている。
出典:産経新聞(2006.1.28)
【細木久慶の逮捕歴②】詐欺容疑で逮捕
2006年、茨城県の融資制度を悪用し、信用金庫から約2900万円を騙し取った詐欺容疑で逮捕。
調べでは、細木容疑者は知人四人と共謀。
同県内の信用金庫に対し、経営実態のない建設会社の粉飾決算書や架空の工事請負契約書などを提出。
信用させて、融資名目で約二千九百万円を引き出してだまし取った疑い。
出典:産経新聞社(2006.1.28)
ただしこの件では、細木久慶さんは関与が薄いとして不起訴になっています。
あら、まあ。
ちなみに細木久慶さんは、2001年にマルチ商法についても告訴されていますね。
これは、細木久慶さんが会長だったJBA(ジャパン・バリアフリー・アソシエーション)の件。
JBAは、IT社会の到来に備えて、パソコン普及を推進していた団体です。
パソコン販売を勧めていた手法が、「マルチ商法」だと批判されたのです。
余談ですが、現在は引退した森喜朗さんが首相を務めていたのもこの頃。
「IT革命」について、「イットって何のことだ?」と真面目におもしろ発言したのは2000年でした。
つまり「IT革命」「IT社会」は、情報弱者への詐欺ツールとして大活躍した時代でもあったのです。
また当時の細木久慶さんは、「元衆議院議員で自民党本部の幹部」と称していました。
実際にその事実はなく、「経歴詐称」として、これも訴えられてしまったというわけです。
あらら。
ただ、細木久慶さんは、選挙に出馬したのは本当です。
一度でも当選したことはあったのでしょうか。
【細木数子の弟】細木久慶は、選挙に出馬していた
細木久慶さんは、なんと5回も選挙に出馬しています。
しかも1983年の杉並区長選挙を除けば、4回すべてが国政選挙というチャレンジャーでした。
【細木久慶の選挙出馬歴】
- 1976年 東京4区衆議院選挙・・・落選
- 1980年 東京4区衆議院選挙・・・落選
- 1983年 東京の杉並区長選挙・・・落選
- 1986年 千葉3区衆議院選挙・・・落選
- 1990年 東京4区衆議院選挙・・・落選
選挙活動中は、姉の細木数子さんも駆けつけ、選挙ポスターにも顔を並べていましたが・・・。
細木久慶さんが議員バッジを手に入れることは、ついに叶いませんでした。
ちなみに1990年の東京4区衆議院選挙では、細木久慶さんは「スポーツ平和党」から出馬。
この党は、元プロレスラーのアントニオ猪木氏が立ちあげた、「太陽のように」熱い政党でした。
(熱すぎて溶解したのか、ほどなくして空中分解してしまいましたが)。
また同選挙では、戦後最悪のテロ教団となった「オウム真理教」からも出馬していましたっけ。
党首(教祖)の麻原彰晃氏も、細木久慶さんと同じ選挙区で戦っていました。
(そして二人とも落選)
この通算5回の選挙出馬は、細木久慶さんへどんな影響を残したのでしょう。
細木久慶さんはその後、詐欺事件や告訴の当事者となっていくのですから・・・ね。
細木久慶は、逮捕や選挙出馬を乗り越えて、現在どうしているの?
千葉新聞社の社長を務めていた頃から、いろいろなスキャンダルに巻き込まれた細木久慶さん。
一時期は、週刊誌報道の格好のネタとなってしまいました。
- 2度の逮捕歴に、「マルチ商法・経歴詐称」での告発事案
- 選挙に5回出馬するも、全て落選・・・
凡人にはなかなか経験できないアウトローな経歴ですが、細木久慶さんはその苦悩も無駄にはしません。
第2の人生を画家として、歩んでいます。
ただしここ数年の細木久慶さんは、表立った活動はしていない様子。
2013年に福島県猪苗代町に絵画を寄贈して以降は、メディアなどへの登場はなさそうです。
2024年現在は、細木久慶さんはもう85歳。
年金がたっぷり支給される逃げ切り世代ですし、悠々自適の毎日を過ごされているのでしょうか、ね。